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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)429号 判決

控訴人

ホーチキ株式会社

右代表者

飯渕茂

右訴訟代理人

中田長四郎

被控訴人

株式会社恵住宅

右代表者

岡田恵有

右訴訟代理人

和田隆二郎

武井公美

主文

一  原判決を左のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し、金三六万八〇九五円及びこれに対する昭和五〇年一一月二〇日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じこれを一〇分し、その一を控訴人、その九を被控訴人の各負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

控訴棄却の判決

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被控訴人は、訴外尚賢産業株式会社(以下、「尚賢」という。)に対し、両者間の東京地方裁判所昭和五〇年(手ワ)第四三九号約束手形金請求事件の仮執行宣言付判決に基づく債権として、金一四五四万八七七二円及びこれに対する昭和五〇年八月九日から同年一一月一四日までの年六分の割合による利息金(二三万四四一六円)の債権を有している。

2  尚賢は、控訴人に対し昭和四九年九月一三日別紙物件目録(一)記載の物件を代金一億三〇〇〇万円で売渡した(以下、「本件売買契約」という。)。

3  被控訴人は、尚賢が控訴人に対して有する前項の債権のうち金六〇五万七一五六円について、昭和五〇年一一月一四日債権差押及び取立命令(水戸地方裁判所下妻支部昭和五〇年(ル)第五八号・(ラ)第五〇号)を得、右命令は控訴人に対して同月一九日に送達された。

4  本件売買契約に基づく売買代金債権の履行期は、遅くとも右命令の送達の日である昭和五〇年一一月一九日までに到来した。

5  尚賢は、本件売買契約に基づく売買代金債権のほか他に資産を有しない。

6  よって、被控訴人は、控訴人に対し、右取立権に基づき、仮にこれが理由がない場合には債権者代位権に基づき、右売買代金六〇五万七一五六円及びこれに対する昭和五〇年一一月二〇日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項について

被控訴人と東京都品川区中延四丁目一〇番二一号に本社のある尚賢産業株式会社(代表取締役須田昭)なる会社との間に被控訴人の主張する如き手形判決が存し、右判決が右会社に対し、被控訴人宛手形金の支払を命じていることは認める。

しかしながら、右会社は、本件売買契約における売主たる尚賢とは本店の所在地を異にする別会社である。しかもなお、本件手形判決は次の理由によつて無効であり、従つて本件差押取立命令も無効である。即ち、(一)右手形訴訟において被控訴人が提出した約束手形の被裏書人は白地であつて未だ補充されておらず、仮に被裏書人として被控訴人が記載されたとしても、右記載は抹消されているから記載なきに帰し、結局右手形は未完成手形かないしは裏書きの連続を欠くものとして、被控訴人は未だ手形上の権利を取得していないものである。(二)右手形の額面は二〇〇〇万円という高額であり、その振出は商法二六〇条二項二号にいう「多額の借財」に該るから、尚賢は、同手形を振り出すにつき同条二項により取締役会の決議を要するところ、右決議を経ておらず、被控訴人は、この点につき悪意の手形取得者である。(三)被控訴会社の代表取締役である岡田恵有は、右手形が振り出された昭和四九年六月二〇日当時尚賢の取締役も兼ねており、同手形の受取人である石田某は被控訴会社の使用人であるから、その振出は商法二六五条所定の「取引」に該当し、尚賢は、右手形を振り出すにつき取締役会の決議を要するところ、右決議を経ていない。

2  同2のうち、尚賢と控訴人間で昭和四九年九月一三日代金一億三〇〇〇万円とする売買契約が締結された事実は認める。しかし、売買の目的物は別紙物件目録(一)記載の物件の外に同目録(二)記載の物件(以下「本件地役権」という。)を含むものである。即ち、尚賢は、目録(一)第二の七の土地(以下「本件七の土地」という。)を所有者渡辺茂から買受け、次いで同目録第二の七筆の土地を要役地とし目録(二)の二の土地を承役地とする通行地役権を承役地の所有者渡辺茂から設定を受け、これらを控訴人に移転する旨を約したのである。

3  同3の事実は争う。本件差押取立命令の対象となつた債権は、別紙物件目録(一)の第一の建物及び第二の一ないし六の土地(以下「本件工場」、「本件一ないし六の土地」の如く言う。)の売買代金一億一八九九万九〇〇〇円(建物分六七四三万九〇〇〇円、土地分五一五六万円の合計)のうちの六〇五万七一五六円である。

しかも、債権の強制執行については、債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所が、右地方裁判所がないときには差し押えるべき債権の所在地を管轄する地方裁判所が執行裁判所として管轄するところ(民訴法旧五九五条)、本件債務者たる尚賢の本店は東京都品川区であり、債権の所在地たる第三債務者(控訴人)の本店も同区にあり、いずれも執行裁判所は東京地方裁判所であるべきところ、被控訴人は管轄権を有しない水戸地方裁判所下妻支部に対し本件差押取立命令を申立てその旨の裁判を得たものであるから、右命令はいずれも無効であつて、本件取立権は発生しないものである。

4  同第4、第5項は争う。

三  抗弁

1  控訴人は、尚賢に対して、昭和四九年九月一三日本件売買契約代金のうち金三〇〇〇万円及び金七〇〇〇万円、同月三〇日金一三〇〇万円、合計金一億一三〇〇万円を支払つた。

2  控訴人は、昭和五〇年九月三日右代金六五四万二八四四円について、債権差押及び転付命令(水戸地方裁判所下妻支部昭和五〇年(ル)第三五号・(ヲ)第三三号)の送達を受けた。

3  控訴人(担当同社経理係長武藤二三男)は、被控訴人代理人弁護士和田隆二郎に対し、昭和五〇年九月五日右転付命令にかかる売買代金六五六万一五八四円を任意に支払つたが、その際両者間で、本件売買契約に基づく売買代金債権に関しては右金員の授受をもつて一切解決ずみとし、今後被控訴人は控訴人に対し一切請求しない旨約した。

4  控訴人は、同五〇年一一月一七日埼玉県行田県税事務所に対し、尚賢に対する滞納処分(同年二月一〇日付行税第一五四一号)に基づいて、右代金のうち金一七八万一一三一円を支払つた。

5(一)(1) 尚賢が渡辺茂から本件七の土地を買い受け、渡辺から本件地役権の設定を受け、これらを控訴人に移転する前記二2の義務の履行は不能となつたので、控訴人の代理人中田長四郎弁護士は、昭和四九年一〇月一二日頃本件売買契約のうち右両物件を目的物とする部分を解除する旨の意思表示をした。

(2) 仮に履行不能でないとしても、控訴人は、尚賢に対し、同月一一日頃渡辺から右両物件を取得して控訴人に移転することを同月二〇日までになすよう催告した。

(3) 仮に右催告の事実がなかつたとしても、控訴人は、電子機器一貫生産のための工場建物及び用地を時機を失することなく獲得するために本件売買契約を結ぶこととしたのであり、尚賢は、右事情を承知して売主の履行期を昭和四九年九月三〇日と約したのである。従つて、右期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合であるから、解除に当たつて催告を必要としない。

(4) 控訴人代理人弁護士中田長四郎は尚賢に対して同年一〇月末頃本件売買契約のうち右両物件を目的物とする部分を解除する旨の意思表示をした。

(5) 仮に右解除の意思表示の事実がなかつたとしても、本件売買契約は契約当事者双方にとつて商行為であり、前記の如く控訴人にとつて定期行為たる性質を持つものであるから、前記履行期限を徒過することにより本件契約のうち右両物件部分は当然解除となつた。

(二) 右解除部分に相当する代金額で総代金額から減額となるべき金員は、本件七の土地については金二三六万円(一平方メートル当り一万円)であり、本件地役権については金三二二万六三〇〇円(一平方メートル当り一万円)である。

6(一)  控訴人は、尚賢の債務不履行による解除の結果、渡辺から、同年一一月一五日本件七の土地を代金三六七万〇二四五円(一平方メートル当り一万五五〇〇円)で買受け、同年一二月一二日本件地役権を設定料金四八三万九四五〇円(一平方メートル当り一万五〇〇〇円)で設定を受ける旨の契約をそれぞれ締結することを余儀なくされた。従つて、控訴人は、前項の減額代金額との差額分だけ損害を蒙つた訳であり、その額は前者につき金一三一万〇二四五円であり、後者につき金一六一万三一五〇円である。

(二)  控訴人は、更に、右権利取得のために、昭和四九年一二月一二日測量費用として金三万六七〇〇円を、同五〇年三月一九日下妻出張費として金五二、七一〇円を費した。これも尚賢の右債務不履行による損害である。

(三)  尚賢は、控訴人に対し本件工場について破損窓ガラス等の修理及び外装工事をして引渡す約であつたのにそれをしなかつたため、昭和四九年一二月二五日控訴人において金七万六九二〇円で修理、外装工事をなし、同額の損害を蒙つた。

(四)  控訴人は、被控訴人に対して、昭和五一年一〇月二五日の本件口頭弁論期日において、6項(一)ないし(三)の合計金三〇八万九七二五円の債権をもつて本訴債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

7(一)  本件売買契約には、買主の違約によつて契約が解除されたときは、売主は受領済みの金額のうち金二〇〇〇万円については返還する義務を負わず、売主の違約によつて契約が解除されたときは、売主は受領済みの金額の全額を返還するとともに、更に金四〇〇〇万円を違約金として買主に支払わなければならない旨の特約がある。

(二)  控訴人は、被控訴人に対して、昭和五四年一一月一六日の本件口頭弁論期日において、右違約金債権をもつて本訴債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

第1、2項は認める。第3項は否認する。第4項は認める。第5項、第6項(一)ないし(三)、第7項(一)は知らない。

五 再抗弁

被控訴人は、昭和四九年一〇月八日本件売買代金について、水戸地方裁判所下妻支部昭和四九年(ヨ)第三八号債権仮差押命令の発布を受け、右命令は同月一一日第三債務者たる控訴人に送達された。従つて、右命令に牴触する債権消滅行為は被控訴人に対抗しえない。

六 再抗弁に対する認否

本件仮差押命令の発布と送達の事実は認めるが、その効果は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因について

1  被控訴人を原告、尚賢産業株式会社(本店所在地東京都品川区中延四丁目一〇番二一号、代表取締役須田昭)を被告とする両当事者間に東京地方裁判所昭和五〇年(手ワ)第四三九号約束手形金請求事件の仮執行宣言付手形判決の存すること、右判決は、右会社に対し、被控訴人宛手形金の支払を命じていることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右判決は右会社に対し、被控訴人宛金二〇〇〇万円(手形金)及びこれに対する昭和四九年九月二〇日から完済まで年六分の割合による手形法所定の利息の支払を命じていること、右手形判決に対する異議に基づく通常手続において、右手形判決を認可する旨の判決が言渡され右判決は昭和五一年四月一五日確定していることが認められる。

控訴人は、まず右判決における被告及び本件差押取立命令における債務者たる尚賢産業株式会社は本店所在地が東京都品川区中延四丁目一〇番二一号にあるもので、本件売買契約の売主たる尚賢(本店所在地茨城県結城郡八千代町菅谷一五七番地)とは別個の会社であり、従つて本件取立命令は無効である旨主張するが、〈証拠〉によると、須田昭を代表取締役とする尚賢産業株式会社は昭和四三年一月本店を茨城県古河市大字原三八〇番地二として設立され、その後同四八年一二月前記八千代町菅谷一五七番地に本店を移転し、さらに同四九年九月三〇日前記品川区中延町四丁目一〇番二一号に本店を移転したものであつて、右はいずれも同一会社であることが認められ、これが別会社であることを前提とする控訴人の主張は失当である。

次に、控訴人は、前記被控訴人の尚賢に対する手形判決(ないしその認可判決)が無効であるとして実体上の理由をるる主張するが、債務名義たる確定判決は、口頭弁論終結後に生じた債務消滅原因等を事由とする請求異議の訴え(民訴旧規定五四五条)において執行力の排除がない以上、確定判決によつて確定された債権の不存在や消滅を主張しえないところ、控訴人の主張する事由はいずれも口頭弁論終結後に生じた事由ではないこと明らかであるのみならず、取立訴訟においては第三債務者は執行債権の不存在を主張できないものと解するを相当とするから(最高裁昭和四五年六月一一日判決民集二四巻六号五〇九頁)、主張自体失当であり採用できない。

2 尚賢と控訴人との間で昭和四九年九月一三日代金を一億三〇〇〇万円とする売買契約が締結された事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、右売買契約は、その対象物件が目録(一)及び(二)のすべての物件であり、尚賢は、訴外渡辺茂から本件七の土地を買い受け、また、本件地役権の設定を受けた上、これらを控訴人に移転する旨を約したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

この点、被控訴人は、右売買契約の対象物件には本件地役権は含まれていないと主張し、たしかに右売買契約締結の事実を証するもつとも重要な文書たる不動産等売買契約書(乙第一号証)には右地役権の設定・移転に関しなんら明記するところがないけれども、〈証拠〉により右契約書作成に先立つ昭和四九年九月三日付で作成された予備契約書ともいうべきものと認められる尚賢と控訴人間の覚書(乙第二〇号証)には、覚書事項3として、「県道より後記不動産(本件一ないし七の土地を指す)に至る進入路に関しては甲(控訴人)の要求した条件に基づき作成した契約を乙(尚賢)はその責任において当該土地所有者(進入路敷地所有者たる渡辺茂を指す)と甲との間に取付けるものとする」との約定がなされており、また〈証拠〉によれば、本件一ないし六の土地は先に渡辺茂から尚賢が買受けその敷地に本件工場を建築し、電気製品の組立等の業務に使用していたが、工場の一部が本件七の土地にかかつていたこと、渡辺は右土地を譲渡する以前から目録(二)の二の承役地に相当する部分を本件一ないし六の土地から東方にある公道(県道)に通ずる通路とし、尚賢も右譲受けた土地が公道に面せず袋地であるところから右通路部分を通行することを当然の条件として右土地を取得したものであること、控訴人も右通行権が確保されなければ本件一ないし七の土地を取得する意味がないこと、本件売買契約における代金総額一億三〇〇〇万円は、控訴人が、同契約締結以前三菱信託銀行に依頼して評価させた各不動産の価額を参考にして定めたものであることが認められ、以上の認定事実に、袋地を譲渡する際公道への通行権を譲受人に確実に確保させるためには通行地役権の取得・移転がもつとも確実な方法であることに照せば、前記覚書の記載の趣旨は、承役地所有者たる渡辺茂から尚賢が通行地役権の設定を受け、これを要役地たる本件一ないし七の土地と共に譲渡するというものであると認めるのが相当であつて、本件売買契約書に地役権に関し記載のないことをもつて売買の対象となつていなかつたと認めることは相当ではない。

3  弁論の全趣旨によると、本件差押取立命令は、本件被差押債権たる売買代金債権を表示するに当り、売買契約の目的物件として本件工場及び本件一ないし六の土地を記載したにとどまることが認められるが、売買目的物件の表示は被差押債権の特定のための契機にすぎないものであるから、被差押債権の表示に多少の誤りあるいは売買目的物件の表示に洩れがあつたとしても、現実に存在する債権と同一性が認識される以上は、現実に存在する債権が差押取立の対象となるものであると解すべきところ、〈証拠〉によれば、本件売買契約は本件工場及び本件一ないし六の土地を含む前記物件を一括して売買の対象とした一個の売買契約であると認められ、本件差押取立命令の表示と同一性のあること明らかであるから、本件売買代金債権一億三〇〇〇万のうち六〇五万七一五六円が本件差押取立命令の対象となつているものと認められる。

控訴人は、本件差押取立命令は土地管轄に違反して発布されたものであると主張するが、たといそうであるとしても右命令が当然無効となるものではなく、当事者の不服申立によつて取消すことができるにすぎないものと解すべきところ、これが取消されたことを認めるに足る証拠はない。

二抗弁について

1  抗弁1、2、4の各事実は当事者間に争いがない。

2  同3の事実は、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。

3  そこで、抗弁5について判断する。

本件売買契約中本件七の土地及び本件地役権に関する部分は他人の権利の売買に当ること前記判示のとおりであるが、〈証拠〉によると、当時尚賢には自己資金で右権利を取得する力がなかつたため、控訴人から前記既払分を除く残代金の支払を受け、あるいは所有者たる渡辺茂に代理受領させて右物件の権利を取得して控訴人に移転する予定であつたこと、ところが、被控訴人が昭和四九年一〇月八日付で本件売買残代金につき仮差押命令の発布を得、右命令が同月一一日控訴人に送達されたため、控訴人は右残代金を支払うことができなくなり、ひいては尚賢は渡辺に譲受代金等を支払えず、当初尚賢に右権利の譲渡、設定等を了承していた渡辺も埓があかないことに腹を立て、控訴人や尚賢に対し、尚賢には譲渡等をしない旨明言するに至つたこと、そこで、控訴人の代理人中田弁護士は、尚賢に対し、昭和四九年一〇月中旬頃右両物件の部分につき本件売買契約を解除する旨の口頭による意思表示をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定事実によれば、本件売買契約中尚賢が本件七の土地を譲渡し、本件地役権の設定移転をする部分の履行は、社会通念上不可能な状態になつたものと認むべく、そしてその原因は尚賢が両物件を渡辺から取得する資力を欠いたことにあつて、尚賢の責に帰すべき事由によるものと認められるから、控訴人のなした前記本件契約の一部解除(なお、本件売買契約につき一部の解除が認められないような特段の事情を認めるべき証拠はない。)は民法五四三条によるものとして有効と解され、その部分の代金債務は消滅し、また控訴人は尚賢に対し債務不履行による損害賠償を請求し得べきである。

そこで、消滅にかかる代金額を検討するのに、〈証拠〉によると、不動産鑑定士は、昭和四九年七月一七日現在における本件一ないし六の宅地を、東側県道から右土地への進入道路(私道)が利用できかつ右土地の所有者が変つた場合でも右利用権が存続することを前提にして平方メートル当り約一万〇四〇〇円と評価したこと、本件売買契約書には本件一ないし六の土地及び本件七の土地がいずれも平方メートル当り一万円と評価記載されていること、要役地である本件一ないし七の土地の総面積は五三九二平方メートルに及ぶ広大なものであり、その所有者が本件地役権を取得することにより受ける利益は相当大きいものと見られ、従つて本件地役権設定の対価も通常の場合に比し高額となるのは当然といえることが認められ、また〈証拠〉によると、控訴人は、本件売買契約の一部解除後に更めて渡辺と交渉し、昭和四九年一一月一五日本件七の土地を代金三六七万〇二四五円(一平方メートル当り一万五五〇〇円)で買い受け、また、同年一二月一二日本件地役権を四八三万九四五〇円(一平方メートル当り一万五〇〇〇円)で設定を受ける旨の各契約を同人と結んでおり、両契約における各代金額の単価はほぼ等しいことが認められる。これらの事実に前記一2の認定事実を総合すれば、本件売買契約においては、前記一ないし七の土地について本件地役権が付随するものとしてその譲渡代金額を一括して一平方メートル当り一万円と定められたものであり、これを分解すれば、右要役地(五三九二平方メートル)のみの価格と承役地(322.63平方メートル)の地役権価格とは一平方メートル当り同額と認めるのを相当とするから、前記一部解除により減額されるべき代金額は、本件七の土地及び右地役権の分を合わせた左記計算式により金五二七万九〇一五円となる。

53,920,000÷(5,392+322.63)

=9,435円4315

9,435円4315×(236+322.63)

=5,270,915円(円未満切捨)

4  抗弁6(一)、(二)の尚賢の前記債務不履行により損害賠償請求権を取得した旨の主張について

前記のとおり尚賢は、控訴人に対し、前記解除に基づく損害を賠償する義務がある。

そこで、損害額につき判断する。

(一) 控訴人は、右解除の後、渡辺との間で、本件七の土地及び本件地役権につき抗弁6(一)の各契約を締結したこと及び両物件に関する減額代金額がいずれも一平方メートル当り九四三五円四三銭(銭未満切捨)であることは、前記二3に認定したとおりである。そして、以上認定した事実によれば、本件一ないし七の土地及び本件地役権を一括して売買する場合と七の土地或いは地役権のみを売買する場合とで、その単価に相違を生ずるのは或る意味で已むを得ないと考えられるし、また七の土地の売買と地役権設定について渡辺がいわば控訴人の足元を見て価格の交渉に当つたことが推認されるのであり、控訴人が右両物件について好んで不当に高額な価格で渡辺と契約したと認むべき証拠はない。従つて、控訴人は、尚賢の債務不履行により、渡辺との契約代金額と前記減額代金額との差額分相当の損害を受けたものというべく、その額は、本件七の土地につき一四四万三四八四円(円未満切捨。以下同じ。)、本件地役権につき一七九万五二九八円となる。

(二)  〈証拠〉によれば、控訴人は、本件地役権取得のために承役地の測量を秋山土地家屋調査士に依頼し、その費用として三万六七〇〇円を昭和四九年一一月一六日同人に支払つたことが認められ、右支出は、尚賢の債務不履行による損害というべきである。

なお、〈証拠〉によれば、控訴人は、同年一〇月三一日に中田弁護士及び社員二名が水戸地方裁判所下妻支部に出張した旅費、日当等として合計五万七二一〇円を同年一二月三一日及び昭和五〇年三月一九日に支出したこと、右出張は、前記仮差押事件に関するものであり、その序でに、右三名は、渡辺茂と両物件の取得につき交渉したことが認められる。この事実によれば、右支出費用は前記履行不能と相当因果関係に立つ損害とは言い得ない。

5  抗弁6の(三)、(四)について

〈証拠〉によれば、本件売買契約の際、尚賢は、控訴人に対し、当時本件工場に存した窓ガラスの破損等の修理及び外装工事をして引渡す旨約したが、これを履行しなかつたので、控訴人は、自ら渡辺茂に委託して修理等を施工させ、昭和四九年一二月二五日その工事代金として金七万六九二〇円を支払つたことが認められ、右認定事実によれば、尚賢は、控訴人に対し右金員を支払うべき義務がある。

そして、控訴人が昭和五一年一〇月二五日の本件(原審)口頭弁論期日において右4(一)の請求権のうち本件七の土地につき一三一万〇二四五円、本件地役権につき一六一万三一五〇円及び4(二)の三万六七〇〇円、5の七万六九二〇円を各自働債権として本件売買残代金債権と対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは、本件記録上明らかである。

6  抗弁7について

最後に抗弁7について判断するのに、前記乙第一号証によると、本件売買契約書の条項第八条には、「売主(尚賢)または買主(控訴人)のいずれか一方がこの契約に違反したときは、相手方は催告の上、この契約を解除することができる。」旨の文言を前提として、控訴人主張の抗弁7項(一)記載のごとき違約金についての特約の存することが認められる。

しかし、右違約金の支払いに関する特約は、当事者の一方がその責に帰すべき事由によつて債務の全体につき履行しないときに発効するものであることは右契約書全体の趣旨(特に売買代金総額に対する違約金の割合)からみて明らかであるところ、尚賢は控訴人に対し本件売買契約の一部(その額は代金総額に対し約四パーセント)につき債務不履行責任を負うにすぎないことは先に判示したところから明らかであるから、右主張は失当というべきである。

三再抗弁について

被控訴人が本件売買残代金債権につき仮差押命令を得、右命令が昭和四九年一〇月一一日第三債務者たる控訴人に送達された事実は当事者間に争いがなく、右送達後において本件売買契約の一部が解除されたことは前記判示のとおりであるが、仮差押後においても売主の債務の不履行等を理由とする法定解除権を行使することができることはいうまでもないところであるから、右仮差押の存することをもつて代金減額(代金の一部消滅)の効果の発生を阻止する事由とはなし得ず、また、〈証拠〉によると、本件売買残代金債権を被差押債権とする前記仮差押命令(被差押債権は他にもある。)の被保全権利は貸金債権(昭和四九年二月二八日頃から同年四月四日頃までの間五回にわたり貸し付けた元金の合計一二六〇万円)であり、本件取立訴訟の執行債権である約束手形金債権とは別箇のものであることが認められるから、控訴人の抗弁6は右仮差押の効力に牴触するものではない。

四そうだとすれば、控訴人は、尚賢に対し、本件売買残代金としてなお金三六万八〇九五円〔130,000,000−(113,000,000+6,542,844+1,781,131+5,270,915+1,310,245+1,613,150+36,700+76,920)〕の支払義務がある。

しかして、〈証拠〉によると、尚賢と控訴人間で本件売買物件(前記解除部分は除く)の引渡(明渡)しは昭和四九年一〇月一〇日まで延期されて同日右引渡が完了し、また、本件工場及び本件一ないし六の土地は同年九月一七日には所有権移転登記手続が履践されたことが認められるから、控訴人は、尚賢に対し、前記残代金三六万八〇九五円に対する右弁済期到来後の同五〇年一一月二〇日以降完済まで商事法定利率年六分(本件売買が右契約当事者にとつて商行為である。)の場合による遅延損害金をも支払う義務がある。

五しかして、右残代金が本件差押取立命令によつて差押られ、取立を授権された被差押債権の範囲内にあることは明らかであり、また、差押取立命令の効力は差押後に生ずる損害金にも当然効力が及ぶものと解されるから、結局において、控訴人は、被控訴人に対し、金三六万八〇九五円及びこれに対する昭和五〇年一一月二〇日から完済まで年六分の割合による金員を支払うべき義務があり、被控訴人の本件請求は右の限度で理由があるが、その余は失当というべきである(なお、被控訴人の本件請求が債権者代位に基づくものであるとしても、その認容額は右認定と同一に帰する。)。

よつて原判決を一部変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(田中永司 宍戸清七 岩井康倶)

物件目録(一)、(二)〈省略〉

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